一年で一番長い日 35、36「僕が以前クラブであったアオイと、今夜あなたが会った彼女のそっくりさん、つまり高山家の双子にそっくりな女についても、同じことが言えますね」智晴は言った。 俺も頷く。 「お前が会ったのは高山葵だったのか、それとも高山芙蓉だったのか」 「あなたが会ったのは、高山芙蓉だったのか、それとも高山葵だったのか」 俺たちは顔を見合わせた。 「三つ子の三人め、という説は捨てましょうね」 「そうだな」 互いに苦笑いする。 大きな謎がとりあえず二つ。「死体の身元」と「俺たちが別の日別の場所で会った二人のそっくりな女の正体」。 でも、まだまだ謎が・・・ 男だった一つに賭けて、賭けてもつれた謎を解くと銭形平次は言っていたが、賭けなきゃいけない謎がいっぱいあったらどうすればいいんだ。 大川橋蔵は美男だったが、俺はそれにはほど遠い。だが『銭形平次』はやっぱり八八八回やった大川橋蔵だな。後の俳優は軽すぎる。そういえば三輪の親分はどうしたんだろうか・・・ 「義兄さん、何をぼんやりしてるんですか? 義兄さん!」 呼びかけられて、俺は我に返った。目の前に智晴の心配そうな顔。 「あ、三輪の親分!」 なぜか指をさしてしまった。その瞬間、智晴の目が瞬間冷凍されたように冷たくなった。 「・・・誰が三輪の万七ですか。僕は遠藤太津朗ですか?」 「お、お前妙に詳しいな」 「時代劇専門チャンネルで古いのを見たんですよ。僕があんな悪人顔に見えるっていうんですか?」 「み、見えないことも・・・」 す、と智晴の瞳が細くなった。 「どうやら、長生きしたくないみたいですね?」 俺は慌てて首を降った。 「そ、そんなことはないぞ! 俺はののかの花嫁姿を見るまでは死なん。孫の顔だって見るつもりだ!」 「そうですか。長生きしたいですか。だったら、真面目に考えなさい。まだまだ整理しなきゃならないことがあるはずでしょう?」 「あるよ。有り過ぎて、謎が謎を呼んで、知恵の輪みたいになってるんだよ。なんかこう、立体になって、ダリの『燃えるジラフ』のシリーズみたいに・・・」 「何訳わからないこと言ってるんですか。謎は解いてしまえば謎ではなくなるんですよ」 「そりゃ、ま、そうなんだけどさ」 「ひとつひとつ、丁寧にほぐして、それから組み立てていけばいいんです。今はその作業中でしょう?」 「分かってるけど、ちょっと待ってくれ。俺、パズルが苦手なんだよ・・・」 決まりが悪くて、俺は下を向いてしまった。ああ、自分が情けない。 ふう、と智晴が息をついた。 「それがたとえ大きく見えたり小さく見えたり、楕円に見えたり多角形に見えたりしても、良く見れば同じ形のモジュールを組み換えてるだけだったりするんです。そのモジュールの形と個数を見極めればいいんですよ」 智晴はいきなり俺の目の前に指を突きつけた。 「真実は、いつもひとつ!」 「さあ、パズルのピースをもっと並べていただきましょうか?」 智晴が妙な凄味を漂わせている。俺はびびってしまった。コワイ。早く答えないとまだらの紐で首を締められそうな気がする。 「えと、あー、と。そううだ。なぜ高山・父は俺に息子の行方探しを依頼してきたのか! うん。これも俺はおかしいと思うんだ!」 -------------------------------- prisonerNo.6は『IQ light』に感動していた。「1つのモジュールを9~120枚使用して組合わせを変えることにより、大小さまざまなランプシェイドを自分で作製することができます。」だそうだ。 ・・・自分では絶対に組み立てられないだろうとprisonerNo.6は思った。 ------------------------- そうだよ。高山・父はなぜ俺に息子探しを依頼してきたのか。 夏至の前夜、俺と一緒に飲んでいた二人連れの片割れがあの<笑い仮面>だとしたら、それは絶対におかしい。なぜなら、二人連れのもう一人が高山葵だということは、その時入った店のバーテンが写真で確認しているから。 「息子は一月前から行方知れずだ」と高山・父は言ったんだ。それなのに、あの夜当の息子と一緒にいたのは変だ。それに、もし俺に依頼することになったのが偶然だったとしても、ほんの前々夜一緒に飲んでいた相手の顔を、そう簡単に忘れるものなのか? いや、俺は忘れてしまったけどさ・・・記憶を無くすほど飲んだのは初めてだけど。 ここだけでも二つ矛盾がある。 そういえば、そんな名前の香水があったっけな。最初の香りとラストノートの印象がまるで違うやつ。 目の前の問題もそうだ。最初と今ではまるで状況が違う。 こんな変な依頼、受けるんじゃなかった。今更ながら俺は心の中で嘆いた。普通にペット探しをしていれば良かった。平和にどぶ浚いでもしていれば良かったんだ。そうすれば、こんな訳の分からないパズルにかかわらずに済んだのに。 心の中で涙の雨を降らしながら、俺がおかしいと思う根拠を話すと、智晴も頷いた。 「何か意図があるとしか考えられませんね・・・」 「お前もそう思うだろう? それに、俺の知り合いのチンピラがシンジで、シンジの彼女がるりちゃんで、るりちゃんが勤めているクラブが<夜の夢>で、って分かってて動いたように見えないか?」 「そうですね。なんだかビリヤードのようだ」 「目的のボールをホールに落とすために、一見全く関係無さそうなボールをキューで突くってか?」 「俺はボールかよ~! どこのホールに落っことそうっていうんだ!」 「ホールに入れなくても、その場所に動かしたかった、という場合もありますよ。次のショットを有利にするために」 「嫌だ、そんなひねくれた行動は! もっと素直にストレートに行こうよ。俺はビリヤードよりもダーツのほうが好きだ!」 可哀相なものを見る目で、智晴はのたまった。 「確かに。ビリヤードはテクニックだけでは済まないものがありますからね」 それって、俺が頭脳労働に向いてないって言いたいのかよ。おい、智晴! そう思ったが、その通りなので何も言い返せなかった。く、悔しい。 次のページ 前のページ ジャンル別一覧
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